ある寓話

ピペポパ国の領土として宣言されてからどのくらいたつだろう。

今はかろうじてこうして日本語でブログを書いているが、だいぶ話し方も忘れてしまいほとんど日本語を使っていない。

住まい、衣服も、食べ物も、ピペポパ国の作り方や材料のもので作られるようになり、昔日本によくあったような形の住まいや、衣服、食べ物も見かけることがない。あるとしたら、公民館でこじんまりと熱心な少数の人が習っているだけだ。

それ以外の人は、日本語や、食べ物、衣服を使うことはない。ピペポパ国の中では目立ってしまって周りから奇異な目で見られたりして精神的につらいからだ。それよりは周りの人から目立たないようにして静かに暮らし、自分の家の中だけで、ときどき昔を懐かしめばよい。

 学校ではピペポパ語で授業がされているし、いろいろな場面で必須なので、日本語しかわからないと生きていくことができない。宣言当時は日本語を使うことすら禁じられたりして、もっと圧力があったらしいが、ピペポパ国とリレロラ国との戦争の後は、こじんまりとした集まりで勉強するくらいなら自由になった。

祭りに関しては、ピペポパ国の法律では鵜飼いも猿回しも動物虐待だということで禁止された。法律に触れない範囲で続けるしかない。

 

そんなわけで、日常生活ではピペポパ語ばかり使って、日本語を使うこともなく、親が話していた日本語を思い出しながら書いていたりするのだが、最近ピペポパ国ではかなり大手の出版社が発行する雑誌でこういう主張が掲載された。

 

大和民族や日本人というものはいない。ピペポパ国に住むのはピペポパ人である。

 そもそも誰か日本語を使ったりしているか?日本の衣服とか暮らし方をしているか? 自分は日本人だと主張している人もいないだろう。

 せいぜい日本系ピペポパ人としか言えない。自分が大和民族や日本人だというなら、大和民族や日本人という定義を明らかにしろ」

 

ピペポパ国によって支配されるようなことが無かったら、そもそも日本語を使い続けることもできたし、日本の衣服を着るのをためらったりすることなく、日本の衣服をきるのか、それとも違う衣服を着るのかは自分の好みで自由に決められたし、 暮らしだって続けられたのに。

なぜあなた方のほうこそ出ていかないのか。